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 2004年8月3日(火) 比奈町役場の職員諸君!!
 今日は私たちの職場である役場内での撮影です。その上、私がいつも働いている企画振興課がその舞台です。この日の撮影には、電話応対や接客を受け持つ一部の職員を除き、ほとんどの職員が参加します。私たちも映画の担当課とはいえ、カメラの前に立つのは初めてなので課長以下、少々緊張しながら朝が始まりました。
 廊下の登場シーンの後、いよいよ朝礼のシーンの撮影が始まりました。その合間の出来事です。
 立ち位置のすぐ後ろの席に、瓶の牛乳が置かれているのを見て、伊原剛志さんと上島竜兵さんとの会話。
 上島さん「これ(牛乳)って小道具ですか?細かいなぁ。」
 伊原さん「朝からこんなん飲んでるから、ドベは腹下すんじゃないですか?飲んだらダメですよ」
(注:関西イントネーションでお読みください)。
 お二人「(笑)」
 お二人の話題は、銭湯のコーヒー牛乳へと発展し、緊張でガチガチの私たち職員を和ませてくださいました。
 その後、伊原さんが「男の人は自分のこと『ワシ』って言いますけど、女の人はどう言うんですか?」など、広島弁についていくらか質問をされました。また、午後から撮影されるシーンの台詞について、尋ねられました。まだ、クランクインから日が浅いこともあり、標準語とも関西弁とも異なる広島独特のイントネーションを大事に確認されている様子でした。
 伊原さん「(台詞の一部)『あんたを男と見込んで・・・』こんな感じですかね?」
 職員4〜5人「(声を揃えて)『見込んで〜!!』」
 俳優さんに対して、ダメ出しするなんていくらなんでも和み過ぎ・・・というか、職員が町長にダメ出しするのもマズいでしょう(苦笑)。
 でも、この日たくさんの職員が実際に撮影に参加させていただいたことで、映画が一部の人だけのものではなくなりましたし、役場の職員全体の「映画撮影を成功させよう!」という士気が高まったような気がします。
この牛乳、この机の主である企画振興課長の私物。毎朝、牛乳屋さんが配達に来られます。
 2004年8月7日(土) ガチャピン
 町中での撮影にはいろいろと大変なことがつきもの。その中の一つが交通整理、通称「車止め」です。一般の道路、特に国道の場合、いくらのどかな西城町といえども、多少の交通量はあります。
 この日はまさにピーカン。朝から開明橋付近で信子の自転車シーンの撮影が行われました。もちろん現場は炎天下。橋の周囲は日をよける屋根などありません。その車止めやお弁当の手配などを担当されていたスタッフのSさん(みんな親しみを込めてSくんと呼んでいました)。“イケメン”が、連日の野外での作業で別人のように赤褐色の肌に・・・かなり痛々しい感じでした。
 数時間後、そのSくんが、近くにいた企画振興課スタッフに目で訴えます。
 企「どしたん?(訳:どうしたの?)」
 S「・・・ジュース・・・買ってください・・・」
 西城入りから10日余り。暑さに加えて睡眠不足と疲労も蓄積していたのでしょう。熱中症一歩手前(いや、すでに発症していた?)といった様子で、最後の力を振り絞ってのSOSでした。そして、1本のジュースが彼の命を救ったのです。
 その頃のSくんの顔を、私たち企画振興課スタッフは密かに「ガチャピン」と呼んでいました。
 (その心は・・・意に反してまぶたが勝手に閉じてしまう・・・って感じの目だったからです。)
 撮影が終わるころには、すっかり西城のアイドルになっていた(?)Sくん。元気にしてるかなぁ?
 2004年8月11日(水) ラテンパワーじゃ!
 「ヒナゴン」の中で、重要な役割を占める怪しいドリンク「ラテンパワー」。イッちゃんは「よう効く!」と言っていましたが、実際は・・・。右の写真はラテンパワーの販促グッズです。画面に登場したかどうかはわかりませんが、こんなところまでしっかり作ってあったのです。
 さて、この件で、グッドライフ21の代表取締役であるナバスケこと南波大助は警察の取り調べを受けることになるのですが、信子はこのニュースをインターネットで知ります。その時信子が見たホームページを特別にご紹介しちゃいます(映画ではほんの数秒なのですが)。「比奈町なんて小さな町だし、ネットのニュースに出るほどの事件じゃないのでは?」というあなた、これはきっと地元密着!の広日新聞社(もちろん架空です)の記者さんのフットワークの賜物でしょう。
 ひろにち.com グッドライフ21の記事はこちら
 2004年8月14日(土) 幻の#90  
 西城町内には、屋内温水プールがあります。その名も「水夢(スイム)」。実は、ここでもロケが行われる予定でした。ここで登場するのはそう、信子です。
 当初の計画では、8月14日がXデー。西城の中でも実行委員に配られた資料にはそのことが予定として書かれていました。役場職員の間でも「プールで撮影があるらしい」という噂は密かに流れていました。しかし、クランクイン直前にこのシーン自体がカットされることに。
 そこで一番ガッカリされたのは水夢の職員と利用者の皆さん。7月中旬のロケハンにはスタッフも水夢を訪れ、気持ちは盛り上がってきていました。その日に向けて準備万端・・・の所に非情なお知らせ。その時の落胆振りは、後日発行された「水夢だより」に綴られています。

 まぼろしの「ヒナゴン」(8月)
 夏休み中、西城町内は映画「ヒナゴン」の撮影でにぎわいました。事前に監督さんなどスタッフの皆さんが見学に来られ、撮影のスケジュール表にも撮影日が載っていました。利用者から、「井川遥さんと一緒に泳げるのなら、ぜひ私を」、「監視員役でもいいから」、「撮影が見られるの?」といった問い合わせが殺到しました。
 残念ながらスケジュールの都合で撮影は中止になりました。結局、隣の体育館でのなぎなたの練習風景(このシーンは本編ではカット!)や、比奈駅(備後西城駅)での撮影を眺めるだけでした。
 作品に、少しでも「水夢」の建物が映っていれば・・・と思っています。

 プールのシーンは、殊の外大変だそうで(メイク、その他諸々)、今思えばあんなにタイトなスケジュール、しかも度重なる台風の到来による変更に次ぐ変更・・・という中では実現は難しかったんじゃないかなと思います。ちなみに実際の8月14日は初めての撮休日でした。
 さて、水夢の建物は、町長室のシーンでイッちゃんの肩越しにしっかり映っております。
画像をクリックすると拡大します
 2004年8月15日(日) 幻のなぎなたシーン NEW!!
 映画「ヒナゴン」にはいくつかなぎなたシーンがありました。これが撮影されたのが8月15日。信子と祖母の絹代さんはなぎなたをやっています。そのシーンに向けて、井川遥さん、雪村いづみさんは、東京で、そして西城入りされてからも練習を重ねていらっしゃいました。
 なぎなたと西城町には切っても切れない関係があります。平成8年のひろしま国体で、西城町はなぎなたの競技会場になりました。それに向けて、平成元年に「西城なぎなたこうじゅ会」が結成され、国体での活躍をめざして日々鍛錬を重ねて来られました。そして、ひろしま国体では見事優勝を飾ったのです。その後も、インターハイや国体などで活躍する選手を輩出し続けています
(ドベくん役の足立龍邦くんも頑張ってます)
 原作者の重松清さんが西城町を訪れたのは、平成14年8月、ヒバゴン郷どえりゃあ祭の時でした。きっと重松さんは、そのパレードでの皆さんの凛とした演技をご覧になったんだと思います。
 しかし、いろいろな事情があって、映画本編ではカットされました。 このことは、広島(緑井)での舞台挨拶でも話題になりましたが、このたびの初回盤特典のメイキングDVDでは、少しなぎなたシーンの撮影風景が紹介されています。その舞台挨拶で司会を務められた横山雄二アナウンサーが、メイキング監督として、「復活」させてくださったのかな?なんて思います。
 井川さんと雪村さんの袴姿は、女の私が惚れるほど素敵でした。
ヒバゴン郷どえりゃあ祭のパレードでのなぎなたこうじゅ会の皆さん。この様子は原作「いとしのヒナゴン」にも登場します。ん?左端にイッちゃん?!(画像をクリックすると拡大します)
 2004年8月16日(月) おつカレーライス?!
 この日は朝5時に目が覚めました。なぜって?今日はロケのヤマ場、町長選挙討論会の撮影です。私たち企画振興課スタッフも、それぞれ受付係、誘導係などに分かれて皆さんを待ちました。
 私の担当は、エキストラの皆さんの食事係。とはいえ、実際に調理をしてくださるのは、町内の学校や施設で調理員として働いていらっしゃる栄養士さんと調理員さん。いわばプロの方々、15人です。調理場となる西城小学校調理室から、会場への運搬係は、商工会青年部さんが引き受けてくださいました。
 1週間前から、メニューの決定から食材、調理器具の調達など、みんなで話し合いを重ねながら力を合わせてきました。「350食分のご飯を炊く」というだけで、西城町にとっては難題・・・なぜなら、町内の小学校の児童数、全員合わせても200人に満たないのです。なので、町内のいろんな施設から炊飯器やお鍋をかき集めるところからの出発でした。しかも、まさに真夏。食中毒が心配な季節です。そのため、しっかり火を通すことのできるメニューということで、お昼が「炊き込みおこわ&豚汁」、夜が「夏野菜たっぷりカレーライス」に決定しました。
 当日は朝7時に集合。それぞれが持ち場に分かれて頑張りました。予定より撮影がスムーズに進み、ちょっと焦りましたが、何とかその流れを壊すことなく食事を提供することができました。エキストラの皆さんは長丁場でお疲れにもかかわらず、バタバタしている私たちに「おいしかったですよ」、「ありがとうございました」と声をかけてくださいました。感謝感謝です。
 さて、当日、キャスト&スタッフの皆さんには業者さんに頼んだお弁当が用意されていました。ですが、お昼には豚汁を差し入れして喜んでいただきました。そして夕方・・・「カレーライスらしいよ」という噂はキャストの皆さんにまで届いていたようで、1釜&1鍋を皆さんのために撮影現場にお届けしました(1釜&1鍋といっても何十人分入る大きなものです)。
 皆さんにも概ね好評で、「甘めの懐かしい感じのするカレーだった」、「給食を思い出すね」(現役の給食調理員さん作なので当然?!)などの声が聞かれました。伊原剛志さんは撮影終了後にももう1回おかわりされたそうで、その話を聞いて調理部隊の皆さんの疲れもすっかり吹き飛んだそう。「大変だったけど、皆さんに感謝してもらって、とってもいい思い出になりました」と振り返ってくださいました。
 2004年8月19日(木) 元町長・高橋清太郎、突然の来訪
 町長室の撮影の後、撮影隊はみんな熊野神社へ。夜7時を過ぎてから私たちは装飾さんの指示のもと、町長室を元通りにする作業をしました。
 額の中の「比奈町民憲章」を「西城町民憲章」に戻したり、永ちゃんのポスターやボクシンググローブを外したり、予定表の架空の行事を消して本当の予定を記入したり・・・。その作業をしていると何と本物の田盛町長が登場!(プライベートで)。「町長室がどんな感じになったのか見たかった」のだそう。奥様と一緒にイッちゃんと並んだ写真(前町長・高橋清太郎として)の前で記念写真をパチリ。
 実は撮影にあたり、町長の席の方向が90度移動されていました。それを見て田盛町長は「直さなくていい。明日からこれでいこう!」とおっしゃいました。そして、イッちゃんの写真を見て、「これも外さないでおいてほしい」と希望され、それ以来、翌年3月30日の任期までずっとこの町長室のままでお仕事をされました。
 ところで、映画の中でイッちゃんが手にしているもの(右の写真参照)、あれは何でしょう?デスクの上にはダンベルがいくつも並んでいましたが、イッちゃんの手にはそれよりもちょっと軽そうなものが・・・。これ、実は鉄道のレールをスライス(?)したもの。元国鉄マンだった田盛町長が普段文鎮として使用していたもので、映画のための小道具ではありません。
 私たち職員にはおなじみのあの文鎮が、まさかスクリーンにデカデカと登場するとは・・・。でも「ヒナゴン」には結構そんなアイテムが隠されているんですよ。